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「よく思われたい、というプレッシャーを減らす方法」は上のプレーヤーで聞くこともできます。
よろしければ音声を聞きながら、最後まで記事を読んでみてください。
こんにちは、心理カウンセラーのたかむれです。
人からどう思われているかは、
誰でも気になるものです。
悪く思われるより、
よく思われたいですよね。
しかし、その思いが強すぎると
猛烈なプレッシャーがかかります。
そのため人前だと、
自分のペースが乱されてしまうのです。
話す内容について考え込んでしまったり、
ひどく緊張したり。
これらの反応の背後には、
「嫌われたくない」
「自分をよく見られたい」という
強い思いがあり、
自意識過剰と言われるれることもあります。
この自意識過剰を緩め、
人前でもマイペースでいられるヒントを、
お伝えします。
Contents
自意識は本来、必要なもの
自意識感情を一言で言うならば、
「自分がどう見られているか気になる」
の度合いが大きい状態のこと。
これは誰にでもあるものですし、
ゼロだと逆にまずいです。
例えば休日に家にいたら、
服装から何からいいかげんですよね。
その姿を他人に見られるのが平気で、
そのまま外出したとたらどうでしょうか?
ときどきそういう人を
見かけることもあるかと思いますが、
引きますよね?
人からどう見られるかを意識し、
身なりや物腰をきちんとすることはマナーですし、
それが人間関係をスムースなものにしてくれます。
要は程度問題ということですね。
自意識が過剰になると生きづらくなる
ある程度は必要な自意識も、
強くなりすぎると、
デメリット面が大きくなります。
「よく見られたい」というのは、
逆を言えば「悪く見られたくない」ということ。
つまり不安やプレッシャーが、
大きくなるんですね。
そうなると人に会うたび、
すごく負担がかかります。
まずすごく気を使いますね。
相手に不快感を与えないように。
あるいは好印象になるように。
このように相手の反応ばかりが気になるので、
本来なら楽しむはずの場所ですら、
気疲れだけして帰ってくることも。
そして幸福度も下がっていきます。
なぜなら相手に気を使い、
楽しませることも得意だったりします。
しかし、自分が楽しむことは苦手。
相手に気を使ってもらうのも、
逆にストレスですね。
相手に負担をかけて
申し訳ないと思ってしまうのです。
自意識過剰があると人前で緊張し、あがりやすくなる
「人に不快感を与えてはいけない」
「良く見られなければならない」
といった思いが強いと、
当然大きなプレッシャーがかかります。
もちろん人に不快感を与えないに越した頃はありませんし、
良く見られたら嬉しいです。
しかし、それが義務になってしまうと、
プレッシャーで空回りが起きてきます。
それが緊張やあがりなのです。
自意識が過剰になった原因
それではなぜ、
これほどまでに自分がどう見られるか
気にするようになったのでしょうか。
それは多くの場合、
子どもの頃からの体験で
積み上げていった経験からきています。
つまり、周りを気にする必要が
あったということです。
その多くは親の機嫌ですね。
と書くと
「親も優しかったし特に問題ないはず」
と思う方も多いかと思います。
確かに暴力とか暴言といった
記憶に残りやすいものは
なかった方もおられることでしょう。
しかし、そのようなわかりやすいものではなく
一見ささいなことと思えることが
影響することもあるのです。
例えば、親の期待に応えた時は、
熱心に関わってくれる。
でも応えられなかったら
まるで相手にされず
孤独感、孤立感を味わうことに
なったとします。
小さな子どもにとって、
親の自分に対する
肯定的な感情は
文字通り酸素のようなものです。
生きていくために
不可欠なインフラですね。
この情緒的な酸素を獲得するため
日々必死の思いで
親の期待に応え続けていたとしたら
どうでしょうか?
目の前の人が
自分を悪く思わないように
必死に頑張るという習慣が
大人になっても
続いてもおかしくありません。
つまり自意識過剰は
子どものころからの
親との情緒的な酸素を獲得するための
やむにやまれぬ行動が
習慣化したものと言えます。
だから正論のアドバイスは
全くと言っていいほど
効果がありません。
「そんなに人のことを気にしなくて大丈夫だよ」
「自分がやりたいことをやってもいいんだよ」
といった言葉を聞いても
苦しくなるだけです。
実際、相手から批判されたり、
無関心でいられると
今でも大きなダメージを負ってしまうのです。
つまり今でも
情緒的な酸素が必要な状態と言えます。
大人となった今も
自分の中の感情的部分は、
情緒的な酸素が
慢性的に足りないままなので
補給する必要があるのです。
アグレッシブな自意識過剰タイプもあります
情緒的な酸素不足が続くと
単に相手の期待に応えるだけではなく
常に絶賛されなければいけないという
こだわりを持ってしまうことがあります。
これは情緒的な酸素不足が
より深刻である種飢餓状態に陥っているので
絶賛でないと否定されたと感じてしまうのです。
より負担がかかる状態ですね。
そのため、猛烈に努力することで
実際に絶賛されるところまで
実際の状況を持っていける人もいます。
周りから見ると羨ましい状態のことも多いですが
本人的には一歩間違うと奈落の底に落ちかねない
という危機感を常に持っていることが多いです。
また周りに絶賛されるところまで
いけなかった人もいます。
すると、人生に対して極端に
消極的になってしまうことが多いです。
そして「自分は本来こんなものではない」
という不本意感、不全感を感じ続けるのです。
まさに紙一重ですね。
そして絶賛される状況だったとしても
本人的にはハラハラのし通しで
安心できないままですから
どちらにしても生きづらい状態です。
自意識過剰の人の自己評価は周りに反応によって決まる
周りに反応を気にして
ちゃんとする。
あるいはすごく努力をする
というのは生きづらさもありますが
メリットもあります。
しかし自己評価、つまり自分がOKかどうかが
周りの反応で決まるというのは
デメリットですね。
まずメンタルが
ものすごく不安定になります。
すごく努力することで
好感を持ってもらえたり
絶賛される頻度を上げることはできます。
しかし、相手の感じ方を100パーセント
コントロールすることはできません。
客観的に素晴らしくても
相手の反応が悪いこともあるのです。
もしそのようなことが起きたら、
まず「自分が原因」と思い
ひどく落ち込みます。
そして「やっぱり自分はダメ人間」
という確信を深めるのです。
もしこうなってしまったら
辛いですよね。
自意識過剰をなくす方法
このようなデメリット、
生きづらさがある自意識過剰は
なくしたいですよね。
そのためには原因である
子どものころの
情緒的な酸素不足を解消することです。
ただ相手の期待に応えた見返りとして
情緒的な酸素を得ても解決にはなりません。
そんなことは散々やってきて
疲れ果てているはずです。
欲しいのは期待に応えようが
応えずにいようが
関係なく情緒的な酸素が与えられる体験です。
この体験が深まって初めて、
「期待に応えなければ」という緊張が緩み
リラックスできるようになります。
別の言い方をすれば、
無条件で愛される体験ですね。
このような体験を
何度も味わうことが
自意識過剰の解消に必要なのです。
ここでやっていることは
自分の育て直しです。
もし現実の人間関係で、
このような体験を提供してくれる人が
友人、恋人、配偶者にいたら最高です。
情緒的な酸素を満たされることで、
どんどん修復していくことと思います。
ただ大多数の人にとって、
そのような人間関係を持つのは
かなり困難な状況と思います。
現実的には一人二役の育て直しが
メインになるかと思います。
自分で自分の言葉をかける形で。
その言葉のポイントを
いくつかお伝えします。
一番大切なのは期待に
応えようが応えまいが、
価値ある存在価値であるということ。
アファメーションとしては
「期待に応えなくてもいいんだよ」
「何をしていてもいいんだよ」
「失敗しても、あなたへの思いは変わらないよ」
このような言葉を
思いやりを込めて自分に言ってあげると
情緒的に満たされていきますね。
誰もいなければ声に出してもいいですし、
人がいるときは
心の中で言ってあげたり
書いたアファメーションを
読むのもいいでしょう。
日々取り組んでいると、
情緒的な酸素に満たされることで
自分に対する無条件の肯定感が増し
自意識の過剰さも落ち着いていきます。
人前でも自然体でいられるように
なっていくことでしょう。
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